My Lotus &・・




「Lotus(蓮の花)の実を食べたもの永久に幸せになれる。]

 
東洋思想にあこがれていた彼はその言葉を信じて自分の車にその名を付けます、その名はLOTUS。
彼の名前はアンソニー.ブルース.コーリン.チャップマン

 
裏庭でコツコツ車を組み立てて、その車で日曜日ごとのレースに参加する、そんな古きよき英国の伝統から最初は税金対策で車を組み立てキットで販売すると言う独特の方法で会社を興して(Back yad bullderと言われる。) その後独創的なアイデアでついにフェラーリーを負かしてF1チャンピオンになった会社、
それがアンソニー.ブルース.コーリン.チャップマンのLotus
です。

ャップマンは正に町工場の親父でした、(ある意味では浜松の修理工場の丁稚奉公から生まれた会社Hondaです。私も浜松出身です。)
金が無い・・ですからアイデアで勝負です。
今では常識のダブルウイッシュボーン、ラック&ピニオン、ボディ一体型のエアロデザイン、
そしてボディにスポンサーの広告を描く・・全てチャップマンの軌跡です。

そのチャップマンにあこがれてやっと中古で手にしたのがLotus Europa Specialでした。
当時に全Lotus EuropaはS1からSpecialまで日本で120台ほど存在していたそうです。
 
当時新車のカローラが55万円Lotus Europaが295万


このCGの表紙の赤い車がわがLOTUSです。 得意のワイヂングロードのコーナリング






次に乗ったのが憧れのOpen Air car しかし時代は排気ガス規制へ、高性能車は軒並み輸入できず・・そこで沖縄から名古屋のコレクター渡った最後のSUTwinCabのMGBを手に入れた。

MG−B 横のバイクはHonda世界を制覇する前のChamp(だからゼッケン1) MVアグスタ のスケールダウンモデル イタリアから直輸入してナンバーを取り公道を走った。



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